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日外会誌. 97(9): 726-732, 1996


特集

外科的侵襲と生体反応

II.外科的侵襲と全身反応
5.エネルギー代謝

大阪大学 医学部救急医学講座教授

杉本 壽

I.内容要旨
侵襲時のエネルギー代謝の特徴は,1)安静時エネルギー消費量の増加,2)高血糖,3)高乳酸血症,4)負の窒素バランスである.これには,各種内分泌系の反応に加えて,TNF・IL-1・IL-6などのサイトカインの動態が密接に関与している.侵襲時の高血糖は外科的糖尿と呼ばれ,あたかも糖質の利用が制限されているかのように考えられてきた.しかし,細胞内へのグルコース取り込みや末梢組織代謝に関する最近の研究成果をみると,事はそれほど単純ではない.敗血症モデルやTNF投与実験では,細胞内 特にmacrophageが豊富な組織一へのグルコースの取り込みはむしろ元進することが示されている.これは主として,noninsulin mediated glucose uptakeの増加による.インスリンに反応するglucose transporterであるGLUT4は骨格筋・心筋・脂肪組織に主に分布するが,これらの組織でも少なくともインスリンが受容体へ結合するまでの過程は正常で,障害があるとすれば“postreceptor”の障害であることが示唆されている.高乳酸血症に関しても,組織低酸素による好気的代謝の障害よりは,むしろピルビン酸からAcetyl-CoAへの転換酵素であるpyruvate dehydrogenase(PDH)の活性低下による可能性が大である.①糖質が代替不能のエネルギー基質であること(糖質は嫌気的代謝でエネルギーを産生できる唯一のエネルギー基質であり,脳や赤血球・白血球などは専らグルコースを利用する),②侵襲時に主にmacrophageの豊富な組織での糖質利用が著しく充進することを考え合わせると,侵襲時の高血糖はむしろ目的に適った反応とみることができる.もともと生体には侵襲時に糖質の確保を最優先する代謝機構が備わっていると考えれば,高乳酸血症や負の窒素バランスなど侵襲時のエネルギー基質の代謝反応は理解しやすく,栄養管理の面でも多くの示唆が得られるであろう.
侵襲時のエネルギー代謝については膨大な研究の蓄積があるが,いまだに論争の尽きないところである.この問題については優れた解説論文や成書がすでに多く出されているので,ここでは侵襲後に共通して見られる安静時エネルギー消費量の増加,高血糖,高乳酸血症,負の窒素バランスを中心に最近の知見を交えて述べることにする.

キーワード
侵襲, 外科的糖尿, glucose transporter, 高乳酸血症, PDH

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