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日外会誌. 88(3): 273-282, 1981


原著

胸部食道全摘術直後の呼吸循環動態の変動に関する研究
―特に Thromboxane A2とProstaglandine I2の陰陽的バランスよりみた―

久留米大学 医学部第1外科学教室(主任:掛川暉夫教授)

陳 哲明

(昭和61年5月26日受付)

I.内容要旨
食道癌根治術後早期の肺合併症発生因子を呼吸循環動態面から実験的および臨床的に検索したところ,surgical stressは,Autacoids1)に含まれ多彩な生理活性を持つOxyeicosanoids2)の中でも重要なThromboxane A2(TXA2)とProstaglandine I2(PGI2)の産生バランスの乱れをもたらし,炎症における防禦反応の過剰充進を惹起して肺内血管外水分量(extra vascular lung water;EVLW)の増大をきたした. 
TXA2をThromboxane B2(TXB2)で,PGI2を6-keto-Prostaglandine F(6-KF)で生体内変動をみると,雑種成犬(7頭)では術後60分 TXB2/6-KFが約2.7倍に増加し,EVLWは約83%増大したが,これらはTXA2 synthetaseの特異的阻害剤OKY-046(10μg/kg/min)投与にて有意(p<0.01)に抑制された.臨床例では術中までTXB2増加率が6-KFのそれに勝さり,術後のTXB2/6-KFは対照群(5例)が上昇し術後60分で1.71であり,EVLWは約100%もの上昇を呈したが,OKY-046投与群(II群:10例;1μg/kg/minおよびIII群:5例;5μg/kg/min)は術後60分に,TXB2/6-KFがほぼ0.7に改善され,EVLW増加は有意(p<0.01)に抑制された.術前にhypodynamicな傾向を示した循環動態は術後に肺動脈模入圧(PWP)と左室1回拍出仕事係数(LVSWI)の低下,肺血管抵抗(PVR)の上昇がみられ,III群では,これらの変動の他に術前値と比べて肺動脈圧(PAP)の有意(p<0.05)の低下が認められた.呼吸動態ではPaO2,A-aDO2,Qs/Qtに著変は認められなかつた.さらに血奨膠質浸透圧一肺動脈模入圧較差(COP-PWP gradient)は術後6時間で上昇しIII群はI群と比べて有意(p<0.05)の増加が認められた. 
以上より,胸部食道全摘術という過大な外科的侵襲や刺激によつてもたらされた生体反応としてのTXA2過剰生成と,それに基づくTXA2-PGI2の陰陽的バランスの乱れは,特に肺をtarget organとしてincreased permeabilityをもたらし,術後早期にEVLWを増大させる一因子として,きわめて重要であり,その対策としてTXA2 synthetase inhibitorの有効性が示唆された.

キーワード
食道癌, 胸部食道全摘術, Thromboxane A2とProstaglandine I2, extra vascular lung water, TXA2 synthetase inhibitor


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