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日外会誌. 86(3): 350-356, 1985


原著

肝硬変合併肝細胞癌を併発した肝部下大静脈閉塞症の 1 治験例

名古屋大学 医学部第1外科

早川 直和 , 二村 雄次 , 神谷 順一 , 前田 正司 , 長谷川 洋 , 松本 隆利 , 弥政 洋太郎

(昭和59年4月11日受付)

I.内容要旨
肝硬変併存肝細胞癌を併発した肝部下大静脈閉塞症に対して血管カテーテル法による下大静脈閉塞部穿破拡張術を行つたのちに,肝左葉外側区域切除を行つた症例を報告する.
症例は36歳男性,幼児期より腹壁および下肢の静脈怒張があつた.右季肋部痛を主訴として某医を受診し肝硬変の診断をうけた.外来経過観察中に腹部超音波検査で肝腫瘤を指摘された.血管造影,超音波誘導下吸引細胞診で肝細胞癌と診断され紹介された.下大静脈造影で下大静脈は横隔膜直下で完全に閉塞しており,奇静脈,半奇静脈,横隔膜静脈等を通る著明な側副血行路がみとめられた.閉塞部の幅は2~3mm程の膜様閉塞であつた.閉塞上下の下大静脈の圧差16.5cmH2Oであつた.KIcG0.077,軽度の腹水貯留が認められたことなどより,下大静脈閉塞症および肝細胞癌双方への直達手術は断念し,肝癌切除に先立つて,血管カテーテル法による下大静脈閉塞部の穿破拡張術を行つた.2回の拡張術によつて閉塞部は幅8mm程の開口が得られ,上下の圧差も10cmH2Oと低下した.手術所見:肝は細頼粒状で硬く腫瘤は外側区域にあり,白色調で肝被膜に浸潤していた.外側区域切除を施行した.病理細織学的に腫瘤はclear cell typeの肝細胞癌と診断した.非癌部の肝は肝硬変の像を呈していた.術後血清ビリルビン値32.1mg/dlと上昇したのをはじめ著明な肝機能障害がみられたので再度拡張術を行つた.下大静脈圧は8cmH2Oまで低下した.1年10ヵ月後の現在再発の徴なく健在である.
本邦における下大静脈閉塞症と原発性肝癌の併存例は28例報告されており,このうち27例は剖検例である.血管カテーテル法によつて下大静脈閉塞症に対して穿破拡張術を行つた後に肝切除を行つたのは本例が第1例である.本例の如く著明な肝機障害を伴う例には両者への直達手術は相当危険を伴うと予想される.我々の行つた治療法も1度は試みるべき方法である.

キーワード
肝部下大静脈閉塞症, 原発性肝癌, Budd-Chiari 症候群

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