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日外会誌. 58(12): 1882-1902, 1958


門脈壓亢進症に於ける腹水と抗利尿ホルモン

名古屋大学 医学部今永外科教室(主任 今永一教授)

森 勇

(昭和32年5月18日受付)

I.内容要旨
門脈圧亢進症に於ける腹水貯溜は現在迄多く研究の対象となっている. 即ち門脈圧亢進より来る門脈鬱血及び淋巴排泄異常,又Vascular endotholiumの変化等の局所的因子,及び肝障害より来る低蛋白, 水分電解質代謝異常等の全身的因子が腹水貯溜因子として考えられているが, 更に下垂体,副腎系ホルモンによる腹水貯溜機序が最近特に注目研究されて来ている,
即ち視束上核,室旁核神経細胞より分泌され下垂体後葉に貯臓され, これより血中に分泌される抗利尿ホルモンが下部細尿管で水分を再吸収し体水分貯溜を来すのである. 而して抗利尿ホルモンは血中ナトリウム濃度増加による血清溶質濃度増加により, 或は血清ナトリウム濃度減少による有効循環血漿最不全に起因し, 又Pressoreceptor を介し, 又はアセチールヒヨリンを介し分泌促進を来すと報告されている.然し一方分泌促進よりは肝臓に於ける抗利尿ホルモン非活性化低下による血中抗利尿ホルモン増加の事実が報告されている. 夏に副腎皮質ホルモンの存在が非活性化に必要であるとの研究もすゝめられている. 然し乍ら腹水と抗利尿ホルモンとの関係についての現在迄の多くの報告は区々であり未だ判然としていない. これは抗利尿ホルモンの測定の困難な事によるところが大である.
そこで私は現在最も感度の高いJeffersの法を用い抗利尿ホルモンを測定し, 腹水及び排尿量との関係を吟味したところ, 門脈圧亢進症に於ける腹水貯溜例には明らかに排尿量減少, 血清及び尿中抗利尿物質の増加を認め得た.
電解質代謝と抗利尿ホルモンとの関係については現在迄の報告をみると非常に多様で一定の結論は得られないが, 私も血清抗利尿活性度増加に於てクロール及びナトリウム排泄制限の傾向にあつたが,有意な関係はクロール排泄制限に作用するのみであり, 此の両者の関係は二次的な関係にあるものではないかと思われた.又門脈圧亢進症に於ける抗利尿ホルモン増加の機序としてナトリウム代謝異常による血清溶質濃度増加及び有効循環血漿量不全による機序は認められなかつた.
次に副腎皮質機能検査中Robinson-Power-Kepler testと血清抗利尿活性度との関係及びコーチゾン負荷による血清抗利尿活性度の変化より副腎皮質ホルモンと抗利尿物質とのを関係を吟味したところ,門脈圧亢進症 に於ては副腎皮質ホルモンの存在は抗利尿物質代謝に 大なる影響を及ぼし,副腎皮質機能障害例には血清抗利尿物質増加し, 更にコーチゾン投与により減少することが認められた.又副腎皮質ホルモンは抗利尿物質を介さずに腹水貯溜に作用するものと推定される結果を得,此両者は更に複雑な関係にあるものと思われる.
次に肝機能と血清抗利尿物質との関係を検討したところ, 肝機能障害高度な程血清抗利尿活性度が大である故機能障害による抗利尿ホルモン非活性化低下が推定される結果を得た. そこで更に開腹して門脈より肝臓に抗利尿ホルモン(Pitressin) を負荷し非活性化状態を観察したところ腹水貯溜例に於ては腹水なき例に比し明らかに負荷後血清抗利尿物質増加が認められた.更に試験管内に於ての肝組織による抗利尿ホルモン非活性化の実験の結果, 正常肝よる抗利尿ホルモン非活性化状態に比し硬変肝による非活性化は著明に低下した.
以上の結果より門脈圧亢進症に於ては肝機能障害及び肝臓の循環障害により肝臓に於ける抗利尿ホルモン非活性化が低下し血清抗利尿物質増加し, その結果排尿量減少及び電解質代謝異常を来す事が腹水貯溜を来す一つの機序と考えられ, さらに此際副腎皮質障害が抗利尿ホルモン非活性化に重要な役割をなし, 又抗利尿ホルモンを介さずに腹水貯溜の一要素となると考えられる.
又血清蛋白, 門脈圧と血清抗利尿活性度との関係を吟味した結果, 低蛋白,門脈圧亢進は抗利尿ホルモンを介さずに股水貯溜を来す要素となっていると考えられた.


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