日外会誌. 37(1): 1-3, 1936
その他
炎症性外科的疾患殊ニ急性蟲樣突起炎竝ニ穿孔性腹膜炎ノ血液成分ニ及ボス影響（臨牀的及實驗的研究）
〔前編〕急性蟲樣突起炎竝ニ穿孔性腹膜炎ノ血液成分ニ及ボス影響
（臨牀的及ビ實驗的研究）
〔後編〕其他ノ炎症性外科的疾患ノ血液成分殊ニ「クロール」及水分含有量ニ及ボス影響
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東京帝國大學 醫學部塩田外科敎室 醫學士 伊藤 淸太郎 |
〔前編〕急性蟲様突起炎拉ニ穿孔性腹膜炎ノ血液成分ニ及ボス影響（臨牀的及ビ實驗的研究）
急性蟲様突起炎竝ニ之ニ起因スル穿孔性腹膜炎ハ外科醫ノ最モ屢々遭遇スル炎症性疾患ニシテ，従ツテ古来各方面各種ノ研究アリ．其血液成分ノ研究ニ就キテモ多數ノ人々ニ依リテ試ミラレ，其一部闡明セラレタリト雖モ，之ガ物理化學的或ハ化學的總括的研究ニ至リテハ尚未ダ詳細ナル所見ノ發表ヲ見ズ．玆ニ於テ余ハ最近4ケ年間ニ東京帝國大學醫學部塩田外科ニ人院セシ該患者ノ中百數例ニ就テ，血液成分中，全血中ニ於テハ血色素量，赤血球數，及ビ白血球數，水分含有量及ビ「クロール」量ヲ測定シ，血漿ニアリテハ水素「イオン」濃度及ビ炭酸結合力ヲ測定シ，血清ニ於テハ蛋白質量，「クロール」量，「ナトリウム」，「カリウム」，「カルチウム」ヲ同一採血ニヨツテ測定シ，以テ總酸鹽基平衡状態ヲ窺ヒ，且ツ手術的操作ニ依リテ炎症ノ消退スルニ従ヒテ起ル此等血液成分ノ變化ヲ観察シ．更ニ家兎及ビ犬ヲ用ヒテ蟲様突起ヲ結紮穿孔シテ實驗的穿孔性腹膜炎ヲ起サシメ，前記血液諸成分ノ消長ヲ比較檢索セリ，其ノ成績ノ大要次ノ如シ．
1.臨牀的研究
(1)血色素量
兩疾患共ニ手術前増加ヲ示シ手術後炎症ノ去ルト共ニ減少シテ3乃至7日ニシテ正常ニ復ス，穿孔性腹膜炎ニ於テハ一般ニ正常ニ復スル事稍々遅ク，一度正常ニ復シタル後更ニ減少スル，傾向アリ．
(2)赤血球數
兩疾患共ニ増加ヲ示スモ，殊ニ穿孔性腹膜炎ニ於テ稍々著シク増加シ，手術後炎症ノ去ルニツレテ次第ニ減少シ，3乃至7日ニシテ正常ニ復ス．
(3)白血球數
穿孔性腹膜炎ニ於テハ一般ニ急蟲炎ニ比シ，白血球數ノ増加著シ，手術後炎症ノ消退スルニ従ヒテ兩疾患共ニ次第ニ減少スレ共穿孔性腹膜炎ニ於テハ其ノ減少緩徐ニシテ正常値ニ復スル迄ニハ2週乃至3週ヲ要シ，急性蟲様突起炎ニ於テハ3乃至4日ニシテ正常ニ復ス．
(4)體溫
穿孔性腹膜炎ニ於テハ急性蟲様突起炎ヨリ一般ニ體溫ノ上昇著シク平均1度ノ上昇ヲ示ス．手術後炎症ノ去ルニ従ヒテ共ニ下降スルモ，急蟲炎ニアリテハ，3乃至4日ニシテ平溫ニ復シ，穿孔性腹膜炎ニアリテハ3日乃至3週ヲ要ス．
(5)血淸蛋白質量
急蟲炎，穿孔性腹膜炎共ニ手術前増加ヲ示シ，手術後炎症ノ去ルト共ニ漸次減少シテ1週間内外ニシテ略々正常ニ復ス．
(6)血液水分含有量
兩疾患共ニ手術前ニ於テ水分含有量ノ減少ヲ見ル．手術後炎症ノ消退スルニ従ヒテ急蟲炎ニアリテハ更ニ一時減少ヲ示シタル後増加スルニ對シ，穿孔性腹膜炎ニアリテハ減少ヲ見ル事ナク多クハ手術後直ニ増加ヲ示ス．是後者ニ於テハ治療法トシテ特ニ水分ノ供給ヲ盛ンニ行フコト其一因ナラム．
(7) 血液濃度
血色素量，赤血球數，蛋白質量及ビ水分含有量等ヲ測定シタル結果ニ依リ血液濃度ノ状況ヲ覗フニ，兩疾患共ニ，手術前血液濃度ハ増加ス．即チ血液ハ濃縮ノ状態ニアリ．殊ニ穿孔性腹膜炎ニ於テハ濃縮ノ度幾分大ナリ．手術後炎症ノ去ルト共ニ兩疾患共ニ稀釋シテ正常ニ復スルモ穿孔性腹膜炎ニ於テ幾分早ク正常ニ復スル傾向アルハ水分ノ供給多キ結果ナルベシ．
(8)「クロール」量
全血「クロール」量竝ニ血淸「クロール」量ハ兩疾患共ニ手術前ニ於テ減少ヲ見ルモ穿孔性腹膜炎ニ於テハ減少ノ度特ニ大ニシテ其程度ハ炎症ノ程度ニ竝行ス．手術後炎症ノ去ルニ従ヒ急蟲炎ニアリテハ全血鹽素量ハ一時減少ヲ示シタル後ニ増加スルニ對シ，穿孔性腹膜炎ニ於テハ手術後減少ヲ見ル事無ク，直チニ増加ヲ示ス．血淸「クロール」ハ全血「クロール」ヨリ遅レテ正常ニ復シ，穿孔性腹膜炎ニ於テハ急蟲炎ニ比シテ正常ニ復スル事一般ニ緩徐ナリ．
(9) 血漿炭酸結合力及水素「イオン」濃度
血漿炭酸結合カハ急性蟲様突起炎ノ約半數及穿孔性腹膜炎ノ全部ニ於テ減少ヲ示シ，其ノ減少ノ程度ハ後者ニ於テ一般ニ著シ．手術後炎症ノ去ルニ従ヒテ炭酸結合力ハ次第ニ増加シ1,2週間ニシテ正常ニ復ス．血漿PHハ急性蟲様突起炎ニアリテハ多クハ正常範囲ニアリテ稀ニ其ノ下界ニ位シ穿孔性腹膜炎ニ於テハ正常値ノ下界若クハ稀ニ正常以下ヲ示ス．即チ血漿炭酸結合力及ビPHノ状況ヨリ觀ル時ハ，急性蟲様突起炎ノ約半數及穿孔性腹膜炎ノ大部分ハ手術前「アチドージス」ニ傾キ手術後炎症ノ去ルト共ニ正常ニ復スルモノト謂フベシ．
(10)血淸「ナトリウム」
急性蟲様突起炎ニアリテハ手術前正常或ハ少ク減少シ，手術後一時更ニ減少ヲ示シタル後増加ノ傾向アルニ對シ，穿孔性腹膜炎ニ於テハ手術前多クハ増加ヲ示シ，手術後次第ニ減少シテ正常ニ復ス．
(11)血淸「カリウム」
急性蟲様突起炎及穿孔性腹膜炎共ニ手術前僅カニ減少シ，手術後僅カニ増加ス．穿孔性腹膜炎ニ於テハ急性蟲様突起炎ヨリ一般ニ増加ヲ示ス．
(12) 血淸「力ルチウム」
急性蟲様突起炎及穿孔性腹膜炎共ニ手術前僅カニ減少シ手術後炎症ノ消退スルニ従ヒテ次第ニ増加ス．
(13)總酸鹽基平衡
以上ノ實驗ヨリ總酸鹽基平衡ノ状態ヲ觀察スルニ急性蟲様突起炎ニ於テハ手術前「カチオン」總和及「アニオン」總和共ニ僅カニ減少シ，従ツテ「カチオン」過剰ハ正常或ハ僅ニ減少ス．手術後炎症ノ消退スルニ従ヒテ「カチオン」總和ハ「アニオン」總和ニ比シ，更ニ一旦減少シ次デ次第ニ正常ニ復ス．
穿孔性腹膜炎ニ於ケル總酸鹽基平衡状態ヲ見ルニ手術前「カチオン」總和ハ増加シ，「アニオン」總和ハ減少ス．従ツテ「カチオン」過剰ハ増加ス．斯カル「カチオン」總和ノ増加ハ主トシテ「ナトリウム」ノ増加ニ依ルモノニシテ「アニオン」總和ノ減少ハ主トシテ鹽素及結合炭酸ノ減少ニ基クモノナリ．手術後炎症ノ消退スルニ従ツテ「カチオン」總和ハ減少シ，「アニオン」總和ハ増加スル為，「カチオン」過剰ハ漸次低減シテ次第ニ正常ニ復スルカ或ハ時ニ正常以下トナルコトアリ．
2.實驗的研究
家兎及ビ犬ノ蟲様突起ヲ結紮穿孔セシメテ實驗的穿孔性腹膜炎ヲ起サシムル時ハ，穿孔後20乃至50時間ニシテ死ノ轉歸ヲ取ル．斯カル動物ニ就テ穿孔前，穿孔後6時間，12時間及24時間ニ於ケル前記血液成分ノ變化ヲ檢索シ，次ノ成績ヲ得タリ．但シ家兎ニ於テハ檢査ニ必要ナル血液量ハ採取ニヨリテ既ニ其成分ニ變化ヲ来シ得ルヲ以テ常ニ對照卜比較考察セリ．
(1)血液水分含有量及血色素量
家兎穿孔性腹膜炎ニ於テハ水分含有量ハ増加シ血色素量ハ減少ス（採血ノ影響）ルモ犬穿孔性腹膜炎ニ於テハ反之臨牀例ニ於ケルガ如ク水分含有量ハ減少シ血色素量ハ増加ヲ示ス．
(2)血淸「クロール」及ビ血淸蛋白質量
家兎穿孔性腹膜炎ニ於テハ血淸「クロール」，血淸蛋白質共ニ減少スルモ，犬穿孔性腹膜炎ニテハ血淸「クロール」ハ減少シ，血淸蛋白質ハ増加シ其状臨牀例ノ如シ．
(3) 血液濃度
以上ノ所見ヲ綜合スレバ家兎穿孔性腹膜炎ニ於テハ血液濃度ハ稀釋ヲ示ス（採血ノ影響）モ，犬穿孔性腹膜炎ニ於テハ濃縮ヲ示スコト臨牀例ニ於ケルガ如シ．
(4) 血淸「ナトリウム」
家兎穿孔性腹膜炎ニ於テハ穿孔後12時間ニ於テ一旦減少ヲ示スモ其後ニ於テハ増加ヲ示シ，犬穿孔性腹膜炎ニ於テハ常ニ増加ヲ示ス．
(5)血淸「カリウム」及ビ「カルシウム」
血淸「カリウム」ハ家兎及ビ犬共ニ穿孔性腹膜炎ノ大多数ニ於テ増加ヲ示シ，反之血淸「カルシウム」ハ減少ヲ示ス．
(6) 血漿炭酸結合力及ビ血漿PH
血漿炭酸結合力ハ家兎，犬共ニ穿孔後常ニ減少スルモ12時間ヲ經レバ特ニ著明ノ減少ヲ示ス，血漿PH數値ノ變化ハ大體炭酸結合力數値ノ變化ト竝行シ家兎ニ於テハ6時間後，犬ニ於テハ24時間後ニ於テ著明ナル減少ヲ示ス，即チ此ノ所見ヨリ考察スル時ハ家兎及ビ犬共ニ穿孔後ハ常ニ「アチドージス」ヲ示スモノナリ．
〔後編〕其他ノ炎症性外科的疾患ニ於ケル血液成分殊ニ「クロール」及ビ水分含有量ニ及ボス影響
著者ハ丹毒，癤癰，肺壊疸，膿胸，筋炎，肝臓膿瘍，膵臓壊死，皮下蜂窠織炎，瓦斯「フレグモーネ」，嵌頓脱腸，其他ノ炎症性疾患計60餘例ニ就テ疾患ノ経過ニ従フ全血「クロール」及ビ水分含有量ノ消長ヲ測定シ，其内2,3ノ症例ニ就テハ尚他ノ血液成分ヲモ測定セリ，其結果ヲ綜合スルニ外科的急性炎症性疾患ニ於テハ一般ニ血液「クロール」量ノ減少竝ニ水分含有量ノ減少ヲ認メ，該疾患ニシテ治癒的傾向ヲ示ス時ニハ「クロール」及ビ水分良ノ次第ニ増加シテ正常値ニ歸復スルモ炎症症状増悪シテ不良ノ轉歸ヲ採ル場合ニハカヽル増加ヲ見ルコトナシ．血漿炭酸結合力及ビ血漿PH竝ニ總酸鹽基平衡状態ヨリ考案スルニ，炎症高度ナル時ニハ「カチオン」總和ハ増加シ「アニオン」總和ハ減少シテ「アチドージス」ヲ示シ，炎症ノ消退スルニ至ル時ハ新陳代謝ノ状態ハ「アルカロージス」ニ傾クモノナリ，重篤炎症時「カチオン」總和ノ増加アルハ主トシテ「ナトリウム」量ノ増加ニ因ルモノニシテ「アニオン」總和ノ減少ハ「クロール」及ビ炭酸結合力ノ減少ニ基クモノナリ．
以上ノ成績ヨリ判断スルニ炎症性疾患ニ於ケル血液成分殊ニ「クロール」及ビ水分量ノ消長ハ該疾患ノ豫後ヲトスル一要素タリ得ベシ．
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