[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (676KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 123(5): 498-500, 2022

項目選択

定期学術集会特別企画記録

第122回日本外科学会定期学術集会

特別企画(3)「男女を問わず外科医が輝き続けるために」
5.男性外科医の育児休業が持つ無限の可能性―男女の価値観を共有できる理想の職場環境作りへの提言―

神戸市立医療センター西市民病院 外科

姚 思遠 , 石川 佳奈 , 口分田 尭 , 谷野 敬輔 , 水野 良祐 , 松井 優悟 , 本間 周作 , 村上 哲平 , 姜 貴嗣 , 中嶋 早苗 , 原田 武尚

(2022年4月14日受付)



キーワード
育休, 男女平等, 育児, 介護休業法, イクメン

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
本邦では男性の育児休業(以下,育休)取得率が2020年時点で12.65%であり,女性の81.6%と比して極めて低い1).そのうち28.33%の取得者の育休期間が5日未満だったことを鑑みても,男性育休制度自体が十分に普及しているとは言えない.また,外来,手術,術後管理,当直と業務の幅が広い男性外科医の育休取得は殊に珍しい.2022年現在,少子化対策および働き方改革の一環として育児・介護休業法が改正され,男性の育児参画の促進が一段と求められている.本論文では約3カ月間の育児休業を経験した外科医の経験に基づき,実は知られていない男性育休の実情を報告すると共に,理想の職場環境に関して考察する.

II.私の経験 
筆者は37歳の男性で,肝胆膵・移植外科を専門としている.2009年に医師免許を取得し,2016年に外科専門医,2018年に消化器外科専門医,2019年に内視鏡技術認定医,そして2021年に大学院で博士号を取得した.市中病院勤務となり,今回第3子の出産後3カ月目より,外科部長からの提案で初めて育休を取得した(2021年8月16日〜11月1日).育児休業給付金は月額301,902円(2021年8月以降)であった2).非課税であり,休業の「開始月」から「終了前月」まで社会保険料が免除された.
家族構成は内科医の妻,7歳,4歳,0歳の5人家族で,職場の規模は358床で外科医10名(うち女性1名)であった.細かい家事は不慣れなので,保育園の送迎,食材の買い出し,赤ちゃんの抱っことお風呂,そしてたまに上の子のお弁当作りを妻から申しつけられた.仕事や手術への未練は全く感じなかった.何より,妻とランチに出かけたり,上の子の学校や保育園が休みの日に連れ出したり,新型コロナウイルスに関する規制の範囲内で旅行に行ったり,毎日一緒に晩御飯を食べたりできたことが単純にうれしかった.今考えてみると,私にとって育休とは「心の充足」であったと思う.妻との時間,それぞれの子供との時間,普段行けない場所,そういったものの大切さを再認識する機会であった.外科医をしているとこういう時間は得難いものだと思い込んでいたが,それを享受する権利が認められているということをわれわれは知っておく必要がある.

III.育休取得率向上を目指す国の取り組み
厚生労働省は2016年にイクメン(子育てを楽しみ,自分自身も成長する男性のこと)プロジェクトを立ち上げた.「育休の素晴らしさを,もっと伝えたい.」というスローガンを掲げておりホームページも開設している3).2020年12月に当時の菅義偉総理大臣が「少子化問題の解決には男性が積極的に育児休業を取得し,これまで以上に子育てに参加して『イクメン』が当たり前になることが不可欠だ.」と発言して以来,急ピッチで法整備が行われた.具体的には2021年6月に育児・介護休業法が改正され,2022年4月に施行された.詳細は「育児・介護休業法改正ポイントのご案内」に記載されているが4),大事な改正点としては,育児休業等を理由とする不利益な取り扱いが禁止され,事業主に対して上司や同僚からのハラスメントを防止する措置を講じることが義務化されたことである.即ち,今後育休の申し出があった場合,事業主は断ることができないと同時に,取得を妨害する言動を周囲が取らないように対策をする必要があるということである.間違いなく,男性が育休を取れる環境は整いつつある.

IV.私が育休を取得できた理由
振り返ってみると「女性外科医の存在」,「同僚の理解」,そして「働き方改革」が私の育休取得を後押ししてくれた.まず,男性のみの組織は縦社会になりがちで,根性論やハラスメント,そして無関心が蔓延る傾向にある(私見).それに対して女性は客観的な視点とバランス感覚を有している上,出産や育児の経験を有しているため,女性外科医の存在は男女の価値観の相互理解と共有に重要な役割を果たしていると考える.次に,同僚の理解は不可欠である.私の場合は表向きには誰からも反対されなかったため,素晴らしい同僚に恵まれたという一言に尽きる.ただ,全ての業務を委託することに負い目を感じてもいたので,周囲への負担軽減のため,育休中も外来は隔週で継続した(外来の代診はストレスが大きい).最後に,当院では働き方改革が急速に進んでいる.同時期に他科の男性医師も育休を取得し,外科では当直明けの帰宅推奨,週末の当院制限,助手の交替制などを導入している.労働環境は私が医師となった13年前と比べて飛躍的に向上していると実感している.

V.育休所得の障害
「周囲からの理解」,「キャリアの中断」,そして「収入の減少」が乗り越えるべき障害であろう.まず,取得を妨害する外的圧力は法的に禁止されているが,現実には理解が得られにくい状況は存在するため,批判をかわす努力も必要と考える.日頃から信頼関係を構築することは元より,制度の中で外来や当直は継続可能であるため,育休中の業務委託に関して妥協点を見出すことも大切である.次に,特に研修医と修練医は2年あるいは3年間のカリキュラムが決まっているので育休による中断の影響があるかプログラム責任者に確認する必要がある.私は幸い最低限の専門医資格は取得していたのでキャリアへの影響はなかった.最後に,ある程度の収入減は避けられない.職場規定の範囲内で就業や副業をすることも可能ではあるが2),収入を追求することは育休の本来の目的とは方向性が異なる.確かに取得期間についてはキャリア設計と家庭状況を鑑みる必要があるが,いずれにしても育休は一時的なものであり,男性外科医が育休を取れない理由は何もないと感じた.

VI.理想の職場環境とは
今の若い外科医にとって根性論と献身性といった指標は過去の産物であって,多くの人が効率的で合理的な思考を有していると考える.男女比,時間外労働,福利厚生といった基準に重きを置き,ハラスメントはもはや受け入れられない時代である.そういう時代の中で勝ち残るのは,男女平等で残業が少なくて福利厚生が充実している病院であるはずで,男権主義のもと残業やハラスメントが蔓延る病院には人材は集まらない.改めて育休の意義を考えてみると,医師にとっては心の充足であり,組織にとっては寛容さと健全さを反映する「鏡」ではないか.男性医師に育休取得の前例があることで診療科・病院は健全な職場環境をアピールでき,性別を問わず人材誘致の宣伝となり得ると考える.言い方を変えれば医師には心の充足を得る権利があるし,組織にはそれを認める義務があると同時に素晴らしい付加価値を手にする機会でもあると思う.実はこの男性育休という制度は,誰も損をしないWin-Winの関係の上に成り立っているため,病院の宣伝と優秀な人材の確保の手段として活用しない手はないはずである.

VII.おわりに
私は育休の素晴らしさをもっと伝えたい.そして,私には好きな言葉がある.「もともと地上には道はない.歩く人が多くなればそれが道になるのだ.(魯迅「故郷」より)」.今はまだ,男性外科医にとって育休というはっきりした道はない.しかし,取得する人が増えれば,それが当たり前になって道ができる.本発表がきっかけとなって,育休を取得する男性外科医が増えたらいいし,積極的に取らせてあげようとする上司が増えたらいいなと心から願う.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) 厚生労働省.令和2年度雇用均等基本調査.2022年6月7日. https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/71-r02/07.pdf
2) 厚生労働省.雇用保険事務手続きの手引き 第11章 育児休業給付について.2022年6月7日. https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000814534.pdf
3) 厚生労働省.イクメンプロジェクトHP. 2022年6月7日. https://ikumen-project.mhlw.go.jp
4) 厚生労働省.育児・介護休業法改正ポイントのご案内.2022年6月7日. https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000789715.pdf

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。